一分の理


隠れている深層心理は自分ではなかなか
見つけにくい物やケド、他人様のこととなると、
誰もがよく分かったりするから、人というのは
面白い生き物やと思うねん。

ところで。

人というのは理由のない行動を取ることは
基本的にないかな、と思う。

何気なく取っている行動一つにも、理由がある。

理由理由と連呼すると、大げさに感じるケド、
仕組みとしては「お腹が空いたから食事する」ではなく、
「生命維持のために食事をする。そのシグナルとしての
空腹感である」という感じかな。

つまり、万人等しく
「そうしていることにはワケがある」
ということ。

「盗人にも一分の理」というコトワザがあるけど、
これは誰にでもその人なりの理由があっての
行動だから、という意味でもある。

その言い分と行動が一般的にどうであるかは、
その時に関わる人々の判断となるわけやケド、
当事者にとっては何一つ曇りのない理論が
存在する場合は多いかな。

そう考えていると、目に映る一瞬の出来事で全ての
事象を自分だけの価値観や善悪で判断することは
性急となるのかもしれない。

要は
「少々、おかしな行動をとっているような人を見かけても、
それに腹を立てる前に、”あの行動を取る理由は何だろう”
と推理していく」のも、案外、ゲームのようで面白いし、
不快な気分になる場面がかなり減るので、試してみると
いいと思うよ。

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